テレビをつけるとフジテレビのお昼の番組”ぽかぽか”をやっていた。
ゆるさの極みのようなこの番組、ゲストを招いてその人のイメージと実際が合っているかをゲスト本人が〇×で回答し、トークが展開される。
本日のゲストはプロスケーターの浅田真央さんと、高橋大輔さん。
途中からは浅田真央さんの姉の浅田舞さんも登場。
ほのぼのしたトークが繰り広げられていた。
浅田真央さんも高橋大輔さんも筆者世代以上なら誰もが知っているフィギュアスケート選手で、オリンピックも含め数々の輝かしい成績を収められている。
浅田真央さんは2006年のトリノオリンピックでは出場資格の15歳に3か月足りず、出場ができなかった。
トリノオリンピックのフィギュアスケートといえば金メダルの快挙を達成した荒川静香選手。それからしばらくはイナバウアーとみんな大騒ぎだった。
その4年後の2010年バンクーバーオリンピックでは浅田真央さんは銀メダルを獲得。
ライバルといわれていた韓国のキム・ヨナ選手が金メダル。浅田選手は試合後に「金メダルがよかった」と悔し泣きしていたのが印象的だった。
五輪後、コーチ・トレーナー・マネージャーでもあったお母さまの病気を知り、お母様は翌年2011年に他界。心の支えを失ってさぞ辛かっただろうと思う。
バンクーバーオリンピック後は浅田真央さんの代名詞であったトリプルアクセルのフォーム改修を行い、しばらくの間は成績不振が続いた。
世の中的にはお母様が他界したことによる精神的ショックだともいわれていたけれど、人間は大人になっていく中でいろいろなことを経験するし、トップアスリートのゼロコンマの違いの世界観など一般人にはわかり得ないことなのではないかな。
さて、この頃は本当に国民全員と言ってもいいほどみんな浅田真央さんを応援していた。
フィギュアスケートに興味がない人でも浅田真央さんを知らない人はなかなかいなかったと思うし、スランプと聞いたら「えぇ、そうなんだ。」とちょっとくらいは心配な気持ちが湧いたのではないだろうか。
伝説といわれている2014年ソチオリンピックのフリーの演技。
バンクーバーの雪辱を果たすべく、不振が続いていたとはいえだんだんと成績を取り戻してきてオリンピック出場を果たした浅田選手。
やはり金メダルが期待されていた中で注目のショートプログラムでは、すべてのジャンプを失敗するといった信じられない光景がテレビを通じて視聴者に届けられた。
浅田真央本人だけでなく、日本人、浅田真央を知る人すべてが「何が起こっているかわからない。」状態だったと思う。
ショートプログラムで16位となった浅田選手。メダル獲得は絶望的となった。
誰もが固唾を飲んで見守った翌日のフリー。
最初のトリプルアクセルを見事に成功させた!
あの時、日本人のほとんどが拍手を送って歓喜したのではないだろうか。
筆者の母なんて、立ち上がって力いっぱいの拍手をしながら「そうだ!あんたはできるんだよ!」と大声でテレビに映る浅田選手を鼓舞していた笑
そこから勢いづいた浅田選手は自身最高の演技を見事に披露する。
オリンピックの会場全体、日本人に限らずすべてのフィギュアスケート視聴者があの時は真央ちゃんを応援していたように思えた。
ステップに合わせて「そうだ!そうだ!真央ちゃんいいよ!」と言わんばかりの手拍子。
渾身の演技を終えた浅田選手はリンク上で感極まって涙を流した。
筆者もあの時は本当に特別な気持ちになった。
得点は自己ベストの142.71点を獲得し、前日の16位から大躍進し6位入賞となった。
メダルを獲得するよりも遥かに大きな功績と感動を残した素晴らしい演技だった。
そんなことを思い出しながら筆者はふと思った。
日本人はみんな同じ格好、同じ顔のように揶揄されることがあるが、それの何がいけないのだろう?
あの時のように、日本人はみんなが一体になれるところが良いところだと思う。
あの時代、浅田真央さんを日本国民全員が応援していた。
全員が同じ方向を向いていたのだ。
それってそんなに悪いことなのだろうか?
個性とかいってわざわざ分かち合わないことを選択する必要があるのだろうか?
みんなが同じものが好きというのは決して悪いことではない。
会場で生まれたあの一体感。
ソチ五輪のその時は日本人のみならず世界中が一体になっていた瞬間だったように感じたが、日本人はそうやって一体になれるからこそ発揮できるパワーがあって、日本人の強みはそこだと筆者は思う。
みんなおかっぱ、揃いのセーラー服で何が悪い笑
民族の特性や文化はこれからも残っていってほしいと思う。
コメント